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カテゴリー「小説・書籍の紹介」の9件の記事

文庫本 「地獄のX島で米軍と戦いあくまで持久する方法」

書籍(文庫本)「地獄のX島で米軍と戦いあくまで持久する方法」 

兵頭二十八 著 2010年5月発行 光人社NF文庫 442ページ

もともとこの本は2001年12月に四谷ラウンドから単行本で出版されましたが、その後四谷ラウンドが倒産したため、長らく絶版になっていました。

このたび、光人社から文庫本で再発行されたので即刻購入。

兵頭氏の初期の著作ですが面白くて一気に読んでしまいました。

文庫本のカバーに「昭和19年の南方の孤島で君は米軍を迎え撃ち勝たねばならぬ!」 最悪の戦場で生き延びるためには何をなすべきか?日本人が闘争力を取り戻すための兵頭軍学塾ーサバイバル訓練、ここに開始!。。とあります。

内容は問答形式になっており、できるだけ分かりやすく書かれていると思います。

なるほどと納得したのは、熱帯のジャングルでは「迫撃砲が有利である」ということ、その理由は密林では砲弾が直進するキャノン砲は樹木に当たるから効果が薄いこと。その点高い弾道の迫撃砲が有利であるが、日本軍は迫撃砲がなかった。アメリカ軍は持っていた。なぜ日本軍は迫撃砲を持っていなかったのか?その理由は着弾地点がはっきりしない迫撃砲は弾の無駄だという、日本陸軍の弾惜しみ体質が根底にあること。うーん、困ったものです。

他にも、現代にも通じる日本における冶金学、工作機械の問題などの記述があり、技術面からみた日本軍の装備などについて大変勉強になります。

資源小国がどう生きるべきか、そして 「空威張りをしないで現実を見据えて対処を考えろ」という、現代にも通じる大変興味深い書物だと思います。

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中国人の歴史観:中国人はなぜ嘘をつくのか について

書籍 「日中戦争:戦争を望んだ中国 望まなかった日本」 

2008年11月 PHP研究所発行  北村稔(立命館大学教授)・林思雲 共著を読みました。

この本は基本的には先の日中戦争の原因を分析した書籍ですが、本の最後の部分に「中国人がなぜ嘘をつくのか」「中国になぜ科学が誕生しなかったのか」についての記述があります。この箇所は誠に合点のいく説明で、私にとって目からウロコの内容でした。

著者はまず先の日中間の戦争について論ずる:

 ・侵略戦争は戦争犯罪か?

   第二次大戦が終わるまでは国際法の大原則では侵略戦争は犯罪ではない。

      その論拠として第一次大戦終了後のパリ不戦条約(ケロッグブリアン条約)

 ・ ナチスドイツの邪悪な侵略戦争は戦争犯罪である

 ・ ナチスドイツのとばっちりを食った日本

 ・ 盧溝橋事件の勃発と日中全面戦争:

筆者は 、日本を日中戦争の主導者とみなし、日本が戦争を拡大しようと思えば拡大でき、拡大させまいと思えば拡大させぬことができたのであり、戦争の方向は日本の意思でコントロールできたという論説に対して、自発的に戦おうとした中国人の意思が軽視されている旨主張する。日中戦争が拡大した真の原因は世論に扇動された双方の民衆の仇敵意識であるとする。

事実として、日中間の大規模な戦争が開始された本当の発端は,1937年8月13日に発生した第二次上海事変である。そしてこの戦闘は正しく中国側から仕掛けたのである。この日、蒋介石は上海に駐屯していた5,000人余りの日本海軍特別陸戦隊に対する総攻撃を命令した。

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(管理人意見) 蒋介石側が上海で日本側に「先制攻撃」したという事実から、軍学者、兵頭二十八氏はパリ不戦条約に違反して侵略したのは日本ではなく蒋介石であると主張。この点において筆者、北村教授も基本的に同一の立場にたつと思われる。ただし、先制攻撃は即ち侵略であると論じる兵頭氏とは北村教授は少しニュアンスが違う感じがある。ちなみに歴史的事実として、パリ不戦条約では侵略の定義づけは各国の見解の違いのためできなかった。兵頭氏、別宮氏は先制攻撃(agressive war)は通常、日本語の「侵略」と解釈される旨、論じる。

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  ・蒋介石の国民政府の国防計画とナチス・ドイツ

筆者は、 ドイツは日中戦争勃発以前から、ゼークト将軍に代表される軍事顧問団を国民政府に派遣していた。ドイツ側が軍事援助の見返りとして中国側に望んでいたのは、タングステンなどの希少金属の提供であった。タングステンは砲弾の強度や、工作機械のドリルに欠かせない貴重な金属であった。中国は現在でも世界生産量の80%を誇るが、ドイツでは全く産出されなかったので、両者の利害は一致したと論じる。

国民党にとって「歴史の罪人」となったナチス・ドイツの親密な関係は触れてはいけない過去であり、国民党の資料には取り上げられていない。

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(管理人意見) 軍学者、兵頭二十八氏はナチスドイツの軍事支援をけん制する目的(つまり、日中戦争を長引かせる原因であるドイツの手を中国から引かせる)ために、先の昭和天皇も懸念を示されたと伝えられるドイツとの「三国同盟」を締結するに至ったと論じているーーこの点についての当時の日本の指導者による理由開陳は私も見たことはない。三国軍事同盟をなぜ日本が締結したのか、対ロシア作戦だけではどうもよく分からなかった。私の高校時代の世界史の勉強の際、長年不思議に思っていたが、その理由が兵頭氏によってようやく合点がいった次第。

ちなみに兵頭氏の「日本海軍の爆弾」によればアメリカ軍は爆弾の弾頭にタングステンを混ぜていたが、日本はニッケルはおろかタングステンも不十分で終戦まぎわでは「鋳物」で弾頭を製造したと。素材の差が戦争の優劣を左右する。

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  ・ 中国社会の「愚民論」

筆者は、中国は昔も今も都市と農村には大きな格差がある。それは中国文化の伝統である「愚民論」による。これは有名な思想家、孔子が説いており、知能の高低を基礎にして人間を三種類に分類した。「生まれながらに知る者」「学んで知る者」「学んでも知らぬ者」。絶対多数の民衆は「学んでも知らぬ者」であり、支配階級になる資格がないと孔子は説く。

北村教授のこの書籍の最後の第七章で論じられるのが「中国人の歴史観」

続きを読む "中国人の歴史観:中国人はなぜ嘘をつくのか について" »

書籍 「文明の生態史観」

梅棹忠夫(うめさお ただお)著 中公文庫 1998年改版 338ページ」

本書が書かれたのは今から約50年前の1957年2月ですが、今も変わらぬ名著。

古い進化史観は進化を一本道と考え、なんでもかでも最後はおなじところへいきつくと考えた。現状の違いはそこへいきつくまでの発展段階の違いと見た。たとえば資本主義を経て共産主義に至るといったマルクス主義などの唯物論的見方など。

しかし、梅棹忠夫氏は生態学の視点からからすれば道はいくつもある。生態学では遷移(サクセション)という現象が起こるのは、主体と環境の相互作用の結果がつもりつもって、前の生活様式では収まりきれなくなって次の生活様式にうつるという現象である。そして一定の条件のもとでは共同体の生活様式の発展が一定の法則にしたがって進行する。

著者はユーラシア大陸の東端である日本と西端である西ヨーロッパを第一地域、その間に挟まれた中国・ロシア・インド・中東を第二地域と分ける。

第一地域は生活様式が高度の近代文明であり、第二地域はそうではない。第二地域ではなぜ第一地域のような順序よく段階を踏んだ展開がなかったのか?それはユーラシア大陸を東北から西南に斜めに横断する巨大な乾燥地帯の存在である。乾燥したステップから押し出されてくる遊牧民がその破壊力の主流である。第二地帯の歴史は破壊と征服の歴史である。一時的にりっぱな社会を作ることができても、その内部矛盾がたまって、あたらしい革命的展開にいたるまで成熟することができない。

第一地域はめぐまれた地域であった。中緯度温帯、適度の雨量、高い土地の生産力、なによりもこの地域は「はしっこ」だったから、中央アジア的暴力がここまで及ぶことがまずなかった。そのため、日本と西ヨーロッパは互いに大陸の端にありながら同時期に対照をなすように発展した。

日本は必ずしも西欧化を目指していたわけではない。今でもそうではない。日本には日本の課題があった。ただ西ヨーロッパ諸国と日本とは色々な点で大変条件が似ていたために並行的な道を歩んで発展した

日本や西ヨーロッパはすでに権力も富も集中が進みすぎた。今は新しい分散による能率化を図るべき時期である。人類は有能なる個人を作る方法は知っているけれども、その個人の有能さを生かす方法については、まだ余り知らなさ過ぎるのではなかろうか。

「中国世界」の問題については;

中国や韓半島は第二地域に属する。第一地域と第二地域との違いは重要である。それは社会制度、宗教、文化の後半な範囲にわたる違いをまきおこす。そのため、日本は地理的には同じアジアに属しながら内容的には著しい違いを持っている。アジアにおける日本の特殊性というというものは、だから第一地域としての特殊性である。日本はむしろ西ヨーロッパと同じカテゴリーにはいる地域である。岡倉天心以来アジアはひとつというけれどもお互い異質なものであるということを確認したうえで、その異質なものがどう結合されるかを考えなければならない。

読後感:

まさに「目からウロコ」の名著です。鳩山総理の提唱する東アジア共同体なるものも、他のアジア諸国の指導者からみればなんのことやらといったところでしょう。日本は中国・韓半島とは根本的に異質であり、むしろ西ヨーロッパ世界と共通項が多いということが明快に理解できました。

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書籍「太平洋戦争はなぜ負けたか」(日本海軍の戦略的失敗)

別宮暖朗 著 2009年3月 並木書房 211ページ

まず、「太平洋戦争は海軍の戦争であった。そして、日米開戦の責任は海軍にある」と著者は述べる。

海軍の戦略について種々語られますが、空母の陣形についての、日米の差についてこの本で私も初めて知りました。

日本海軍は:空母数隻が固まり、その周辺に主として駆逐艦が護衛にあたっていた。この目的は不時着のパイロットの救助に駆逐艦が当たる必要があるからである。そして日本は巡洋艦を随伴した場合でも、巡洋艦の目的は索敵であり、戦艦は空母から離れて横一線に並ぶ。

アメリカ海軍は:空母ごとに艦隊を組み、一隻の空母を中心において、その周囲を戦艦、巡洋艦、駆逐艦で輪を描くように囲んでいた。こうして対空護衛が幾重にも重なる。

したがって、日本のほうが戦艦も巡洋艦も数が多かったにもかかわらず、空母の対空護衛に参加しないことになった。

この理由は:あらゆる艦種の艦長の階級は大佐で、同格でありお互いに命令を受けたりしないという慣習であったこと、そしてこれまでの海戦では砲戦や水雷戦で決着がついた。そして戦艦隊、駆逐隊などの艦種でグループを編成したため。速度も違う艦種をまとめることができると思われていなかった。(普通に考えればそうだろうが、本当にそうか?と考えてアメリカ海軍は実践した。)

ミッドウェー海戦の場合は参謀の無能さが際立っている。敗北の原因を草鹿参謀長は「運命の5分間にある」ということは完全な誤りである。ミッドウェー島を攻撃中に敵空母部隊から攻撃を受けたら、どう対応するのかについて、事前の図上演習でも問題になったが、その時の草鹿参謀長の回答は「かかることなきよう処置する」との答えであった。

-余談ですが、戦後、零戦パイロット坂井三郎氏は、ミッドウェー海戦のとき、敵急降下爆撃機が攻撃開始したときに日本の空母上空には零戦が一機もいなかったが、それは源田実参謀の命令で、その前の敵雷撃機の攻撃のため全機海面近くに下がっていたからであると、これは作戦の失敗であると鋭く指摘している。

その他、日本海軍は海戦に勝利しても、すぐ逃げ帰ることを習性とした。その背景は海軍参謀が作戦を立てる時は図上演習しか頭にない。その際「たら・れば」に回答できない、すなわち、米空母に敗れたらとかの疑問がでても回答できない。これは結局逃げることである。海上戦闘の勝ち負けは東郷平八郎元帥いわく「逃げたほうが負け」、日本海軍は例えば珊瑚海で敵艦隊に大きな損害を与えても、すぐ逃げ帰ることを習性とした。これは結局。負けることと同じ意味。

最後に、戦前日本のエレクトロニクス技術の遅れの原因は官僚による統制経済が原因と別宮氏は言う。

すなわち、東芝はジェネラル・エレクトロニック、NECはウェスタン・エレクトロニック社の技術導入した。これはいづれもアメリカの会社であるが、革新官僚や統制派軍人は、国粋主義の発想からか、外国資本の本邦進出や新規技術導入を忌避した。真空管産業のような新産業にとって外部からの刺激を失うことは進歩の道を断つことにつながった。

その他にも、統制経済が自由な競争を奪い、生産性が低下した例が述べられている。

何が大日本帝国を滅ぼしたか。それは「省あって国家なし」こそが国を滅ぼしたのであると別宮氏は結論づける。

感想:

戦後、海軍軍人は多くを語らず、沈黙を守りあるいは、例えば、ミッドウェー海戦での「運命の5分間」発言など自己弁護するような発言を行ってきた。自己弁護は世の常ですが、A級戦犯者に全てを押し付けて戦争の真実を追究しようとしなかった、日本全体の雰囲気にも問題があったと思います。

この本は専門的内容ですが、発想や作戦の背景、実例などが説明されており、その分析には感心します。「省あって国家なし」は、現在の日本の官僚政治状況そのままであり、一般には1955年体制の終焉などといいますが、今でも官僚統制など戦前とあまり状況が変わっていないように思います。

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書籍「The Birth of Plenty」(邦題:「豊かさ」の誕生)

副題:「成長と発展の文明史」 2006年8月発行 475ページ 著者は:投資家のウィリアム・バーンスタイン氏(William Bernstein) 翻訳は:徳川家広氏

これはすごい本です。著者は経済学者ではありませんが、その知識に圧倒されます。戦争や政治的な革命の要因を横に置くことによって、この200年間の世界史における富の増大を解明しようとした本です。

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著者は、「近代経済成長の鍵」となったのは,冒頭で

①私有財産権 ②科学的合理主義 ③資本市場 ④迅速で効率的な通信・輸送手段

の4つがその条件だと結論づけています。この時点でもう分かったような気になってしまうのですが、それからが極めて奥深い。

第一部では、西暦1820年ごろに急激に富は増大したのはなぜか?近代経済成長の源泉である上記の4条件の成立する過程をひとつずつ詳述します。

現在の先進諸国は19世紀から20世紀を通じて国民一人当たり平均年間GDP成長率を2%程度に加速させて、その水準を維持してきており、先進国の成長率は2%に収斂することが述べられています。

ちなみに、現在の日本の年間GDP成長率は2%より低く大きな問題だと言われていますが、バーンスタイン氏は世界史の長期的観点からするとOECD諸国の中でも、やや低い日本の現在の成長率が本当に問題かどうか疑問を提示しています。それよりも国民の豊かさの意味を追求しようという姿勢です。

世界全体の一人当たりGDPの推移を見ると,1820年以降世界は一貫して豊かになり続けている。著者はその1820年の経済成長の大爆発の原因を探る。そのために、1600年以前のヨーロッパの日常生活の実態を詳しく論じている。

そして、ヨーロッパの中ではイギリスでなぜ産業革命が起こったか、その背景も説明。要は上記4要素のうちひとつが欠けても近代経済成長は困難であるが、イギリスでその4条件が揃ったということである。このあたり、そのままイギリス憲政史やアメリカ建国史として読めます。

第2部では

「産業革命」 現代先進国の豊かさの起源は産業革命ではない。その国の制度にある。

「工業国家」 1960年代には世界の政策エリートは工業化こそが繁栄の必須条件であると結論づけた。しかし工業部門が小さいオーストラリアは後進国ではない等、工業化が豊かさの条件ではないことを説明している。

「イギリスとスペインの違い」 オランダやイギリスで芽生えた近代経済成長を述べ、フランスやスペインはなぜ出遅れたのかを説明。現代のラテンアメリカの貧困はこの時代のスペインの前近代的財産制度をそのまま引き継いでいることに原因がある。

「日本の戦後成長」 日本の、第二次大戦後の成長はマッカーサーによる政治と経済の民主化だと言うが、本当はアメリカ軍の駐留によって戦前の50%にも達した軍事予算が不要となり1%程度で済んだことが大きいと言う。勿論、日本人の身につけた西欧的な制度と知識の下地は無傷であったために、すばやく経済が回復した。

イスラム国家の問題」 イスラム文明の衰退は私有財産制度と法の支配が不十分であると言う。それは15世紀にコーランの解釈を固定し、将来の新解釈を拒絶して、その結果、改革をあらかじめ拒絶している事に基本的な原因がある。

マルクス主義の誤り」 資源がない国でも豊かであり、マルクス主義が主張する貧困の原因は帝国主義的収奪だと言うことの誤りを指摘。

大事なことは、支配者が生産的な経済活動をを妨げず、かつ十分な歳入が得られる税制を敷き、国民に治安や衛生などの行政サービスを提供すること、そういう国は繁栄する。

第3部では

「豊かさは人を幸せにするのか」 という哲学的な問いに各国の意識調査結果のデータ等に基づいて実証的に論じる。

「幸福のピラミッド」 人間の衝動・欲求には優先順位がある。すなわち①食物・水・空気等の生理的欲求②身の安全と安定した職業を欲する安全の欲求③家族や共同体などから得られる帰属感という親和欲求④地位に関する自我欲求⑤自己実現

「幸福を科学する」 幸せの度合いは、経済状況、雇用、健康、家族の状態の4つの指標から導かれる。

「隣人効果」 金持ちが近くにいて、それをテレビ等で見るだけでも、惨めさを感じてしまい、自分たちは貧乏だと思う。

「日本の幸福指標」 現在の日本はお金で幸福を買えない状況にあり、それが問題。

「アフリカ諸国などへの経済援助」 いわゆる箱物援助は無意味だ。アフリカには裁判官と弁護士の養成が先決事項である。法の支配と財産権の確立をまず確立すること。

「成長と平等」 富と所得の格差があまりに大きくなると、平均的な市民の幸福感は損なわれ、人々は社会の一員であるという気持ちを失ってしまう。

「所得と富の再分配」 累進税率の適用などによる、所得と富の再分配が肝要である。例えば意識調査で幸福指標のトップに位置するアイスランド・オランダ・デンマーク・スイスなどの国は所得再分配を重視した税制を敷いていて、貧富の格差がそれほど大きくない。

最後に、著者は持続的経済成長に対する最大の脅威は、豊かになれば国民が政府に対して要求する項目が増えていくことかもしれないと述べる。しかしながら著者は、世界の未来予測は困難と言いつつ、人類の叡智を信じて楽観的であることが読み終わって大きな救いです。

「ブログ管理人の意見」 内容を一言で書くことが難しかったので、ややダラダラした書き方になりましたが、ご容赦ください。

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書籍「旅順攻防戦の真実(乃木司令部は無能ではなかった)」

別宮暖朗(べつみや・だんろう)著 PHP文庫 2006年5月発行 365ページ 「坂の上の雲では分からない旅順攻防戦」を改題。明治維新から37年後の1904年に起こった日本とロシア帝国の間の日露戦争における旅順の戦いの真実を追究した著書。

司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」は日露戦争について大きな影響を世間に与えた書物ですが、その誤りを徹底的に論破しています。正直、最初に読むと、これでもかという強烈な論破ゆえに少しいやになる面はあるのですが、別宮氏は歴史家の立場として司馬遼太郎説に我慢がならないのだと思います。何度も読んでようやくその素晴らしさが理解できるようになりました。

冒頭に兵頭二十八氏との対談がありますが、その中で、兵器の点からの説明で以下の点はなるほどと感じました。

Q:日本側の師団砲兵主力の75ミリ野砲が旅順攻囲戦でなぜ無力だったのか。

A:それは弾薬として空中で破裂する榴霰弾しかなかったからだ。ロシア軍もそうだ。榴霰弾の粒の終速は拳銃弾以下だから、板の屋根でも防げる程度。着地して弾頭が炸裂する榴弾が完成したのは旅順攻防戦の後、ヨーロッパですら榴弾の有効性を認識したのは1914年の第一次大戦開始後である。(つまり、28サンチ海岸砲を日本から搬入したのは乃木将軍が無能だったからではないということの説明)

・ロシア軍の小銃には銃剣がネジでとめられており、兵站工場で修理するとき以外は兵士が勝手にはずせないようになっており、ロシア軍の方が銃剣をむしろ愛用した。(つまり、日本軍の方が銃剣突撃に頼ったということではないことの説明)

・陸軍首脳が真剣に悩んだのは、技術の質的模倣ではなくて、近代的マスプロの規模、大量生産という国内重工業の「段階」の問題。

さて、本文では別宮氏は「要塞」の生い立ちと歴史の説明を行い、特に榴弾が完成してからの要塞は榴弾の直撃を受けても壊滅しないように保塁を設計した。では、保塁と保塁を守備するのはどうするかといえば「塹壕」である。

近代要塞は1ケ所を突破しても攻略できない。近代要塞は何箇所も防御拠点を持っており、防御ラインに縦深性を持っているから。

歩兵の突撃だけが、塹壕を突破できる唯一の手段であった。以下、戦術などの内容が詳しく語られています。

要は、乃木将軍は無能ではなかった、彼は消耗戦でのみ勝利できると理解していた、消耗戦とはすなわち相手側兵士の生命を奪うことであり、勿論味方兵士も死ぬ。ただ彼は兵士の消耗戦を戦うには優しすぎただけだ。。ロシアが敗北を認めたのも203高地で多大な死傷者をだしたからだ。

特に最後の部分で「現代日本人は大日本帝国が崩壊した後、その存立のための死闘、日露戦争、そしてその決戦的勝利の旅順攻防戦の記憶を拭い去り、勝利した司令官の思い出を辱めている」という点に別宮氏の思いが込められていると思います。

この本を通じて、別宮氏の根本主張を私なりに書きますと:

①世の中一般にある、海軍善玉、陸軍悪玉論に疑問を提出。

②陸軍省や東京にいるエリート軍人が官僚化して、自己保身を行い、そのために戦後になって、生存した人間が自分の都合のよい発言を繰り返す。またそういう姑息な人間のお先棒をかつぐ人間がいた。そういう姑息な人間たちは今でもいて真実を隠そうとする。

③高級軍人の行動動機は国益、国際平和、給与ではなく直属上司に気に入られることである。高級軍人も現在のキャリア官僚と変わらない。試験で採用された公僕はいかなる省庁に配属されても属する組織を擁護する。

そして歴史が必然的に進行する、すなわち「奴隷制-封建制-資本制-共産制」と人類社会は進化するというマルクス主義の歴史観はもはやまともなサークレでは語られない。司馬遼太郎氏もこういうマルクス主義者の教説の範囲で歴史を理解したものであろう。マルクスの呪縛から、日本も脱しなければならないという別宮氏の主張はまさにその通りだと思います。

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小説「ベルリン飛行指令」

1988年 著者 佐々木 譲 

あらすじ

・著者は前書きで元本田技研の取締役から聴いた話として書き出していて、戦争秘話のような形をとっているところが巧みだと思います。

・昭和15年(1940年)ヨーローッパではすでに大戦が始まっており、日支紛争は長期化の様相を呈し、日本と英米との開戦が時間の問題になっていたころが小説の舞台です。日本の零式艦上戦闘機(零戦)が、ベルリンまで秘密裡に飛行する、冒険小説。

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・欧州戦線でイギリスのスピットファイアに苦渋をなめていたドイツ空軍は日本が驚異的な航続力を誇る戦闘機を開発したとの情報を得た。その名は「タイプ・ゼロ」 ドイツは三国同盟を盾にとり、日本に2機の機体移送を求める。一方日本は非力な無線通信機器などの共同開発の期待から、移送に応諾した。

・選ばれたパイロットは、2名、安藤大尉とその部下乾一空曹。安藤大尉は上官からは扱いにくい存在だった。

・零戦の飛行ルートはロシアルート、中央アジアルート、インド横断ルートの3候補を検討した結果、インド横断ルートに決定。

・安藤大尉らは零戦で更に長距離飛行が可能となるよう訓練を行った後、横須賀基地を出発し、鹿児島、台湾、ハノイ、インドシナ半島横断、ビルマ、ベンガルへと向かう。

・途中、飛行場のない地域には抵抗組織などの協力を得て、事前に離着陸可能な場所と燃料を確保しておき、零戦は遥かベルリンの灯りを目指す。

零戦11型の燃料搭載量は落下式増槽の330リットルを含めて800リットルあり、航続距離は2,000キロメートル程度あるのですが、更に航続力を伸ばすため燃料消費効率の高いエンジンの回転数と最適巡航高度を訓練する部分など、興味深いものがありました。

そして、一路ベルリンを目指すところが、何かチャールズ・リンドバーグの映画「翼よ、あれがパリの灯だ」の雰囲気を彷彿とさせてくれました。

ちなみにドイツの初期型メッサーシュミットBf109の航続距離は650キロメートルですが、それは、燃料タンクが胴体のみに設置のため。後に落下式増槽取り付けが可能となったのですが、燃料タンクの問題はトレードオフの関係になる。翼内に燃料タンクがなければ、航続距離は短いが敵の機銃弾が翼にヒットしても炎上しない。おまけに液冷式エンジンで正面シルエットが小さく、敵の機銃弾に対して有利。

日本の零戦は翼内にタンクがあるため、航続距離は長いが翼に敵の機銃弾が当たれば炎上しやすい。おまけに防弾のための耐油性合成ゴムの量産ができない。もともと零戦は艦上戦闘機であり、航空母艦の上空に待機して敵機を迎撃するために、滞空時間を稼ぐ目的で翼内燃料タンクを設置した。長躯、渡洋爆撃機の援護のためではなかった。

本書は当時の歴史的事実と零戦の知識を基本的に押さえてあるので、あたかも実際に存在した物語であるかのように読者に感じさせるものがあり、何回読んでも面白い作品でした。

この後、著者は第2次大戦3部作として、「エトロフ発緊急電」(1989年)(永澤俊矢・沢口靖子主演で1993年TVドラマ制作) 「ストックホルムの密使」(1994年)(永澤俊矢・沢口靖子主演で1995年TVドラマ制作)を発表し、佐々木譲氏は次に日本軍のシンガポール占領当時を題材にした「昭南島に蘭ありや」(1995年)と続いていきます。

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書籍「パールハーバーの真実(技術戦争としての日米海戦)」

兵頭二十八 著 「パールハーバーの真実(技術戦争としての日米海戦)」 PHP文庫、2005年 全343ページ

あの大東亜戦争の敗因は一言では括れない。パールハーバー奇襲作戦後、ミッドウェーでの惨敗、よく聞かれるのが「緒戦の勝ちに奢ったからだ」と片付けてしまう説だが、冷戦後各界第1線の日本人はこの旧解釈だけではもはや満足できないだろう。そうではなくて、当時の日本人に何か、現代戦争に向いていないところがあったのではないか、日本の空母や飛行機のデザイン、運用にも日本人自身が知らない重大な欠点があるのではないか(前書きより)

といった著者の前書きで始まるこの本が、私が2番目に読んだ兵頭氏の著作です。この本の中で語られていることは、これまで一般に流布されてきた説とは、1線を画するものでした。

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・1922年のワシントン海軍軍縮条約で、米及び英・日・仏及び伊の保有艦の総排水量比率を5:3:1.75とする旨定められた。そのハンディを克服するために、日本海軍人はどういう対応をしていったか。。。

・日本海軍人が決戦を決心するに至った装備は何か?日本は魚雷中心主義、アメリカは急降下爆撃主体になったその背景は何か?その思想の違いは?

・魚雷は自走するための小型精密エンジンがついた、ハイテク機器であり、極めて高価な兵器、維持管理・運用をどうしたか、空母に何発在庫できたのか。何回戦闘できるのか?

・パールハーバー奇襲成功後、ミッドウェーの惨敗は策敵行動の不備だけがその原因か?日本の空母は「密閉式格納庫」、に対して、アメリカの空母は「解放式格納庫」この違いの背景とその結果どういうことが起こるか?

・零式艦上戦闘機は20mm機銃を備えていたが、空母の上空に滞空して母艦を守る本来の性格の「母艦直衛任務」から考えて携行弾数が少ない20mmは、適切な装備であったのか?

・戦闘機の接合部の油もれを防ぐには「人造ゴム」が必須であるが、当時の日本には耐油性の「人造ゴム」を製造する技術が無かったため、皮パッキン、紙パッキンで代替した。その結果は?

直接の資料が現存していない場合は、兵頭氏が関連資料に基づき推論で結論をだしている点に不満を抱く方もいるかもしれませんが、私は合理的な推論だと思うし、納得できるものでした。

兵頭氏は大多数の人とは異なり「パールハーバー奇襲」は、第一次大戦の惨禍を反省し国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し、日本も批准したところの1928年の「パリ不戦条約」違反という立場を取る訳ですが、その点の詳細は兵頭氏の他の著作に譲り、前書きにもあるように技術・装備・運用という視点から、太平洋の海戦をとらえ、現代にも示唆するものが数多く含まれている著作で、これも私の好きな本のひとつです。

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書籍「技術戦としての第2次大戦(日本vs中ソ米英編)」

兵頭二十八、別宮暖朗著 「技術戦としての第2次大戦」(日本vs中ソ米英編) 2005年10月 PHP研究所、全335ページ

本書は1930年代から1945年にいたる日本軍の兵器技術を4つの主要敵国軍隊とそれぞれ比較して論じたもの(緒言から)で、私が兵頭氏の本で最初に読んだものです。

兵頭氏は同じことを2度書かない主義であることや、兵器の名称などが次々とでてくるので、予備知識が必要。ただし、別宮暖朗氏(歴史家)との対談形式のため少し入りやすい。

戦略を云々する以前に、敵味方の個別の装備・兵器の性能を把握することが必要だと思う。例えば、日本の戦闘機は空冷星型エンジンが殆どであったが、欧米は液冷エンジンで名戦闘機がある。何がその違いになったのかなど議論されている。例えば、エンジンの基幹部品であるクランクシャフトの精密加工の問題など。。その通りだと思う。

Photo_2

空母についてこれないような速力の遅い戦艦大和をなぜ造ったか、そこに帝国海軍という役所内の何か事情はなかったのかなど。。。

各論を非常に細かく論じており、なかなか理解がおぼつかない部分がありますので、何回も読んでようやく理解できる箇所もかなりあります。

一通り読んだあと思うのは:

60年前と今と比べて官と民の問題、合理的思考、セクショナリズムなど日本の状況は何か変わったか? どうも日本は戦前の体制から抜け出していないような気がします。

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